ふゆのそら

日記やそのつど感じたこと、好きな本や映画について かいてみたいとおもいました。




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龍馬 :: 2010/10/25(Mon)
「龍馬伝」ですが、
ついに、
近江屋で命を落とす、
龍馬、中岡慎太郎、藤吉の3人の辛いスリーショットがみられました。
あと少しなんだなぁ
殺されるとわかっていて見るのは、
辛いものがあります。

ドラマの中に「不羈独立」(ふきどくりつ)と書いた掛け軸が出てくるのですが、
これは、福沢諭吉の言葉です。
意味は「何ものにも束縛されず、自らの考えに従って事を行うこと」
この時代の志士たちの思いは、まさにこれにつきる気がします。

さて有名な「船中八策」が出てきました。
明治政府の基盤となったものです。
そう、これが無ければ大政奉還したって意味がない。
昔から、日本には、朝廷が政権をとってきた時代は数多あるわけで、
それと幕府が政権をとってきた時代とくらべても、
平民にとっては何も変わらなかったんですからね。
権力を持つ者が変わるだけでは、世の中は何も変わらない。
その先が大事なんですね。
誰もが平等な世の中を目指したんですから、
そりゃあの時代にしては、画期的な考え方だったことでしょう。

ただ、少しわかるのは、龍馬さんが光の側の人だとしたら、
陰の側の人にとっては、凄く嫌なタイプなんだろうな、ということです。
そっちの側にいけたらいいんだろうけど、
正しいとわかってるんだけど、
なかなか人は、そんな簡単な生きものではないから・・・
陰の側の人の心を、へんに揺らす人だったんじゃないかな。

私の好きな池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」にこんな台詞があります。
「人間というやつ、遊びながら働く生きものさ。
善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。
悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ。」
善意と悪意の両方という矛盾を抱えているのが人間だと。

もちろん、暗殺を肯定するわけではないけれど、
いろんな思いの果てに、龍馬暗殺となったんだろうと思うと、
もう少し、賢く動いてたら助かったんじゃないかと・・・(苦笑)





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ブラタモリ :: 2010/10/15(Fri)
はじまりました。「ブラタモリ」logo_tamori_index_convert_20101015100205.gif

もう、大好きです(*^_^*)タモリさん。

古地図が好きで、
失われた川が好きで、
アマチュア無線が好きで、
真空管が好きで
海図が好きで・・・(笑)

初回は、築地。
築地は、昔、浅草の近くにあったのが、
江戸初期の火事で焼けて、
幕府から変わりに貰ったのが、海の上。
海を埋め立てて新しく築いた土地なので、築地というんだそうです。

江戸時代、 ここはお寺の町、寺町だったんですって。
58もあったそうですよ。
浅草にあった本願寺が焼けて、
築地にうつって来て、築地が寺町になったんですね。
その中でも有名な、築地本願寺は、
関東大震災で焼けて、
そのあと、建て直す時に、
仏教の原点である、古代インド様式の建物にしたんだとか。
eae75f01b8766c1a.jpg
たしかに、和洋折衷みたいな建物ですもんね。
その敷地の地下に、ものすごくしっかりと作った、
巨大な防空壕があるんですよ

そして、いまの築地中央卸売り市場は、
もともと日本橋にあった魚市場が、これも関東大震災で焼けて、
築地に移ってきたんだそうです。

今回のタモリさんの名言「時間経過を見て歩くと街が何層にも見えてくる」

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坂本龍馬のお墓 :: 2010/10/12(Tue)
今度は、三男とデートです(*^^)v
昨日は、長男は大学の授業があり(祝日でも大学はやってるんですよ)
次男と、旦那さんは仕事で、
せっかくの休日なのに、三男と、私の二人だけになりました。

そこで、
前から行ってみたかった、坂本龍馬のお墓に行ってきました。
P1040186_convert_20101011173249.jpg
あっ、これは銅像です。お墓の写真を撮るのはどうかと思ったので、
お墓の隣にあった銅像を、撮りました。

そこは、もの凄い坂の上にあります。
・・・というか、もの凄い坂の上にある霊山護国神社のなかの
階段を上に上がったところに、あります。
まず、坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓があり、
そして一番上に、木戸孝允のお墓があります。
この三人は、実際に、ここに眠ってらっしゃるようです。

他には、池田屋でなくなった志士や、蛤御門で亡くなった人や、
維新でなくなった人たち、
高杉晋作、久坂 玄瑞の墓碑もあります(この二人は、隣同士にありました)
これは、墓碑だけなのかどうなのか、わかりません。
高杉さんは、山口県にお墓があるみたいですからね。

それにしても、ものすごい坂。
よくぞ、ここにお墓をつくったもんだと、感心します。

でも、景色はよいです(*^_^*)
左大文字、鳥居、舟形が、見えました。
龍馬さんもみてるんでしょうか。

その跡、向いにある、霊山歴史館の「大龍馬展」をみて、
ランチをして帰ってきました。

大体なぜ、昨日、坂本龍馬のお墓に行ったかというと、
一昨日、旦那さんとデートしたとき、
たまたま歩いていた通りで、こんなものを発見したからなんです。
P1040169_convert_20101011172646.jpgお龍さんの実家跡ですって。
京都は、道を歩けば、石碑に当るってね(笑)

それにしても、息子と二人のデートもよいもんでした(*^_^*)
中学生になったら、そんな時間もないしね。


なんと!!ましゃ龍馬さん、昨日、撮影終了したそうです
お疲れ様でした
なんか、お墓参りに行った日に撮影終了だなんて、
縁を感じるわぁ(*^^)v


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歴史の話 :: 2010/10/08(Fri)
今日は大好きな歴史の話。
興味のないかたは、ごめんなさいね。

とうとう、坂本龍馬さんが、才谷梅太郎さんになりました。
「龍馬伝」の話です。
そうなると、もう、危なくなってきたということで・・・
暗殺も近いですね(>_<)

前回は清風邸会談(土佐の後藤正二郎と龍馬が手を結んだ話し合い)でしたが、
このあと、土佐と、薩摩が同盟を結びます。(すぐに破綻しますが)
そして、海援隊を作り、
いろは丸事件というのがおこります。
海援隊の船と、紀州藩の船が衝突するんです。
その事件の決着もつけ、
船中八策というその後の政府の形のようなものをつくるのにも参加し、
イカルス号事件というのも、解決し、
北海道(蝦夷地)の開拓も考え、
そのかたわら、グラバーさんから武器を買ったりもしてたんですね。

な~んて事が、10ヶ月の間におこります。
そして暗殺です。
なんと忙しい人生なんでしょうね。
人の何倍もの人生を生きた感じですね。。

ここで、ふと疑問に思うのが、江戸より東の藩や人は、どうしていたのか・・・です。
薩摩、長州、土佐、肥前・・・
幕末によく出てくるのは、この辺りです。
江戸より西。
じゃあ、それ以外の藩はどうしてたのか・・・

歴史ってこういうところが、面白いです。
日の当るところ以外が、また面白いんですよ。

西のほうで、なにやら日本がひっくり返るような動きがあると。
さて、その中心にいない、自分たちの藩はどうしよう・・・と、当然考えたことでしょう。

そりゃ、隠密とかの情報は、随時入ってたでしょうけどね。
あれよあれよという間に、西のほうでどんどんことが動いていって、
「大政奉還?」「まさかぁ」「うそ~」
なんて感じでしょうか(笑)

たとえば、どうして会津藩は新政府と戦うことになったのか。
なぜ、白虎隊のような若い青年たちが死ななければならなかったのか・・・
それは、
会津藩の松平容保さんが、京都守護職だったからなんですね。
龍馬を暗殺したかもしれないといわれている、新選組や、見回り隊のトップです。
すなわち、旧幕府側になっちゃったんですね。
で、新政府ができたとき、
会津藩は、朝敵となってしまい、攻められて、戊辰戦争で、負けてしまったんです。

当時は、ちょっとしたことで、勝ち組負け組みになってしまったんですね。

うま~く時勢を乗り切った人だけが、
生き残ったということです。

・・・木戸孝允のようにね^^;


さて、何の関係もないですが、ふと聞きたくなったので・・・
ユーミンの「晩夏」

秋ですねぇ~




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寺田屋騒動 :: 2010/09/05(Sun)
いや~ぁ力が入ったなぁ
あっ、歴史に興味のない方には、なんのこっちゃら、でしょうが・・・
龍馬伝「寺田屋騒動!!」

どうなるかを知っているものを見るのは、
力が入ります(笑)

そもそも、前回の「薩長同盟」
これが行われたのが、京都薩摩藩邸、または、小松帯刀邸。
そこは、京都で言うと、真ん中の辺り。
で、龍馬が泊まっていた寺田屋は伏見。
ここは、京都の南のほう。
寺田屋から歩いて薩摩藩邸に行き、
薩長同盟を成立させ、また、寺田屋に帰る。
なんでそんな遠い場所に泊まるんどす?(笑)
まあ、京都の真ん中辺りは、
新選組やら、見廻り隊やらがいて、危ないんやろうけど、
遠いのに・・・ごくろうさん。

そして、今回の「寺田屋騒動」
長州の木戸から文書の裏書を頼まれたから、寺田屋に滞在したんだけど、
木戸も、その場でとっとと書いたら、龍馬もその場で裏書できて、
さっさと長崎に帰ってたのにね。
まあ、そうじゃなかったら、お龍さんと、結婚できなかったでしょうけど。
あのシーンをみたら、なぜか、映画、「鎌田行進曲」を思い出してしまった(笑)
銀ちゃ~んと叫びながら、階段落ちしないと・・・って(笑)
でも、あれは池田屋事件だから(笑)

それにしても、あの人数に取り囲まれて良くぞ無事だったこと。
これは史実で、時刻は夜中の3時ごろだとか。
お龍さんも、良くぞ走ったこと。
寺田屋から、薩摩藩伏見屋敷まででも、1キロくらいあるのにね。
愛は、地球を、いや、龍馬を救うのね

あ~なんか、興奮したせいか、見終わって緊張が緩んだせいか、変な文章になってしまった(笑)
とにかく、ましゃさんも、とっても、素敵でしたわ


歴史好きの私が、一部分だけ知らないところが・・・。
学校で習ったときもそうなんですが、
桂小五郎さんが、なんで、木戸孝允?
勝麟太郎が勝海舟になったのは、わかるけど、
なんで、桂が木戸に?
また、勉強しなくっちゃ。
秋になって、涼しくなったら、
霊山歴史館に行ってこようっと(*^_^*)




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